このコーナーでは、ゴルフ界を牽引する世界の名選手や往年の名手が語った珠玉の名言を、隔月で紹介していきます。ゴルフ界を席巻し、名を馳せた名プレイヤーの才能と人間味が感じられる、数々の魅力的な格言。これらの言葉の生まれた背景には、彼らの人格、品性、生き様などが映し出されているようです。その技術、体力、精神力を言葉から紐解いて、ご自身のゴルフ魂に火を灯してみては。
第8回目の「名言こぼれ話」は、日本ゴルフブームの火付け役、中村寅吉です。
158㎝の小柄な身体で、飛ばすための「2段モーション・スイング」を、血の滲むような過酷な練習で身につけた。日本オープン3勝、日本プロ4勝など、勝利多数。指導者としての功績も著しく、中でも樋口久子を1から育て上げたことは有名。
また、日本女子プロゴルフ協会初代会長として手腕をふるい、女子ツアーの発展にも大きく寄与する。
恰好なんて気にするない。恰好気にし始めたら、上達はそこで止まっちまうよ。
―「2段モーション・スイング」は小柄な身体で飛ばす、独自の工夫から造り上げられた。アイアンでクラブハウスの屋根を超す練習では、「ハウスのガラスの値段は給料の倍。そうやって自信を付けた。」と、度胸を付ける話。真っ暗闇グリーンでのパットの練習では、「左耳でカップインの音を聞くんだから、本番でもヘッドアップなんかしねーよ。」「恰好なんて気にするない。~」の言葉は、樋口久子のスウェー打法、安田治夫の「型ではなく顔を回す打法」の指導へと受け継がれた。
しかめ面をしていたら、ボールもしかめ面して飛んでいくんだ。
―プロアマ戦でアマチュアと回った時、アマチュアが打とうとしてアドレスに入った際にこんなことを言った。
「待った!そんなそんなしかめ面だとよう、 球もしかめ面してしか飛んでいかねーよ」とアドレスを解かせ、「息をしっかり吸って、吐いて」と深呼吸を3回ほどさせて、打たせた。吸うことは力を溜めること、そして吐くことは力を放出すること。アドレスからトップまでゆっくりと息を吸って、トップからインパクトまで一気に息を吐き出せば、その人の最大エネルギーを引き出すことができるというわけだ。深呼吸することで、気持ち、身体の緊張がほぐれるが、この呼吸を大事にした人だった。
悩む時間はもったいない。一球でも多く打てばそこから答えが見つかる。
―キャディからプロゴルファーへと転身した中村寅吉の上達法は、「体で覚える」こと。
中村少年の練習時間は、ゴルファーたちが帰宅してクラブハウスの灯が消えた後からだった。暗闇の中黙々とパッティングの練習を繰り返し、耳だけでカップインの音を認識する。「だからよう、俺はヘッドアップなんてしたことねぇんだよ」という。
安田春雄、樋口久子らの弟子たちに対しても、手取り足取り教え込んだのではない。「目で盗め。身体で覚えろ。それが一番強い。」
中村寅吉 (なかむら とらきち) プロフィール
1915年~2008年。神奈川県横浜生まれ。
家が貧しく、小学校を卒業後に保土ヶ谷CCでキャディとして働き、見よう見まねで覚え14歳でゴルフを始める。19歳でプロデビュー。マッチプレー全盛期には目立った成績は残していないが、ストロークプレーになってから無類の強さを発揮。1950年に日本オープンゴルフ選手権で初優勝。57年に霞が関CCで開催されたカナダカップに、小野光一プロと日本代表として出場、団体戦、個人戦の両方で優勝を飾る。
日本人初のマスターズトーナメント出場、シニアプロ初のエージシュート記録を樹立するなど、日本ゴルフ界を盛り上げた立役者として知られる。